先日、スプリンター兼プロコーチの【PEAK Support 川端公人さん】が、このような意見を物申していました。
内容を簡単にまとめると、
- 結果が出た途端に選手に群がる大人がいる
- 選手の結果を自分の手柄と主張したい
- 子どもが大人の欲深さを目の当たりにしていた
など、学生の競技会で起こった残念な事案についてでした。
そして川端さんの意見としては、
- 結果は保護者と本人の努力の賜
- ダメな時こそ指導者(プロ)の腕の見せどころ
- 必要とされるまでは自分から動かない
- 出番が来たら全力で動く(あくまでサポート)
コーチではありますが、立ち位置としてはサポーターと言ったところでしょう。
この動画やSNSでの投稿を読み、賛同できる部分が多いため、このブログを通して共有したいと思います。
また、私もトレーナー活動をする中で疑問に思うことがあるので、別視点から今回の問題提起に触れてみます。
※あくまでも私の一意見であるため、賛否両論のある内容となります。
本音を書くため、少し厳しい表現を含みます。
高校陸上の現場でサポートしていて
私がスポーツの現場で活動を始めて、早くも5年目に突入しました。
数々の経験を積んできましたが、思い返すと、良い経験以上に悪い経験(嫌な経験)が多い印象です。
指導者についても様々な悪印象を受ける機会は多く、特に私が注意して見ていたのは、「指導者の振るまい」です。
多かったのは「大会結果>選手の成長」の構図が強く、結果主義の指導をしてしまう指導者。
学生スポーツでこの指導をすると何が起こるのか?
「大会や練習での記録が悪いと選手を叱りつける指導」
「結果が出たら指導者の実績とする」
このような勘違い指導者に成り果てるケースが考えられます。
- 記録を出したければ指導者の言うことを聞け
- 結果が出ないのは指導者の意向に沿わなかったから
- 結果が出たのは指導内容が良かったから
言い換えると、結果主義となるあまり、スポーツの主体が「指導者」となり、学生スポーツの意義が無くなってしまいます。
- 選手→怒られないために結果を出そうとする
- 指導者→結果を出して実績を示したい
という構図も生まれるのではないのでしょうか?
(実際に、私は何度もこの構図を目撃しています。)
言い方が悪いですが、この4年で、選手を大切にできない/結果主義の指導者がいるのを、何度も目の当たりにしています。
しかも、クラブチームの監督や外部コーチだけで無く、近年では部活動(学校の教育者)の監督などにも増えている気がします。
確固たる自信を持って発言できるのは、トレーナーや治療院の院長をしている私に、悩みを相談する選手が多くいるからです。
SNSを眺めると
昨今はネット環境が発達して、情報発信が簡単になり、スポーツ活動が身近に感じられる時代となりました。
私も含め、スポーツトレーナーや指導者が、監督するチームや帯同チームの活動を発信することも多くなっています。
そこで目にするのは、「あたかも自分の力で結果が出た」と受け取れるような投稿です。
不特定多数が閲覧できるネット上に、
「〇〇選手が施術に来てくれました」
「〇〇選手が大会で優勝しました」
トレーナーが主体で練習からサポートをしているなら、この書き方をしても文句は無いと思います。
書き方にもよりますが、私が閲覧してきたSNSの投稿で、「選手をトレーナーの宣伝材料としている」投稿が多く目立ちます。
言い方を変えると、選手(保護者/監督)ありきのトレーナーではなく、トレーナーありきの選手(保護者/監督)の構図ができている投稿です。
私もそうですが、日頃は治療院での業務があるため、100%部活動のサポートはしていません。
つまり、選手が結果を出しても、あまり大きな発言ができる立場では無いと考えています。
記録を出すために日々努力しているのは選手であり、学生であれば一番親身であるサポーターは保護者です。
お互いがプロ同士である選手とトレーナーであれば、ビジネスとしての側面もあるので問題無いかもしれません。
しかし、学生スポーツの現場で、学生を利用するような形でトレーナーの名声を上げるのは疑問に思います。
私がトレーナーとして注意していること
日頃の部活サポートや大会帯同などを、私自身もブログやSNSなどで活動報告を上げています。
そこで注意していることが2つあり、
- 自分の実績としない/活動を過大評価しない
- 監督や選手、その他サポートに配慮して記事を書く
私がトレーナー活動のブログを上げる時、一人称として「チーム」と表現しています。
あくまで私はチームトレーナーであり、主動で何かアクションを起こすことはありません。
サポーターとしての立場を考え、全体の流れが円滑に進むように全力を尽くしています。
特に意識しているのは、「私の個性を出さない」ことです。
理由としては、選手や監督の意向に沿ったサポートに徹するためです。
最悪の場合、私が個性を出すことで、チームの輪が乱れることが考えられます。
私が主動を握らなければならない場面では力を発揮して、それ以外は静かに佇む、
「必要とされるまでは自分から動かない」
「出番が来たら全力で動く」
を徹底しています。
また、私がブログやSNSで活動報告を上げる理由は、
- サポートしているチームを多くの方に知ってもらうため
- 応援していただいている方々への結果報告
- 大会帯同の感想/改善点の書き出し
- 今後の決意表明(私への戒め)
などの意味があります。
チームとして成功したこと、失敗したから改善するべきことなど、良い面と悪い面に分けて、公平な目でまとめを行っています。
もし宣伝としてブログを書くのであれば、大会結果や良かった点だけ書くと思います。
これが正解かは分かりませんが、私は堂々とブログを通して反省をします。
自らの反省点を発信しているトレーナーは、あまり見たことがありません。
裏事情を話すと、トレーナー活動は、日頃から治療院へ来てくださる方々の協力が必須です。
特に大会帯同の週は、申し訳なく予約をお断りしたり、休診に合わせて予約を入れていただいたりしています。
常連さんの中には出発前に、「頑張ってきてください」と応援してくださる方も多くいます。
「ご協力いただいたおかげで、しっかり活動できました」
私なりの感謝の意を込めて、終わった後にはブログを書くようにしています。
治療院としての外部活動を宣伝はしていますが、それが私の手柄だとは思っていません。
良い結果が出た時は、チームとしての成功だと考えています。
失敗した時こそ、私が見直すべき点があるのではないかと思っています。
私が考える理想のトレーナー像
私が考える理想のトレーナー像
ここまで長々と語ってきましたが、私が考えるトレーナーとは何か?最後にまとめます。
ズバリ、私が考える最高のトレーナーとは、
【黙っていても勝負相手が怖じ気づくトレーナー】
です。
競技の主役は選手です。
コーチやトレーナーは、選手が活躍するためのサポーターです。
特にトレーナーの立場は、完全に裏方だと思っています。
つまり、チームでは欠かせない存在でありながらも、目立つことが無い存在です。
先日の東海大会に帯同して、トレーナーのいるチームを数多く見ました。
比較してはいけないと思いますが、出場選手が多い学校のトレーナーには華があるように感じます。
しかし、勝負する熱意に関しては負ける気がしません。
そして、私が目立たないからこそ、主役である選手の活躍が目立つと思っています。
私のように少数精鋭チームのトレーナーなら、選手以上に泥臭く活動して、選手全員に花を持たせられるトレーナーになりたいと思います。
学校としてチームを見られれた時に、「あの高校は強そう」と思われるのが、私の目標です。
ブログを書くうちに自分を見つめ直す機会が生まれ、内容が上手くまとまりませんでした。
しかし、これだけはハッキリ言えます。
闇が深いスポーツ現場を知っているからこそ、私は私らしく、最強の裏方としてトレーナーを全うしたいと思うようになりました。
川端さんの問題提起がキッカケで、改めてトレーナーの役割や振る舞い方を考えさせられました。
PEAK Support 川端公人さん